2014年1月17日金曜日

語り 宇崎竜童さんに決定!


映画の語りを宇崎竜童さんにお願いすることになりました。
映画といえば、以前、映画のスチールをお願いしたことがあって
、また平林プロデューサーが講談社時代に、宇崎さんをゲストにお招きして
講演会を行ったそうです。そんな関係もあり、快く引き受けてくださいました。

とても楽しみです!

2014年1月13日月曜日

映画完成に向けて!


心を新たに映画完成に向けスタッフ一同奮闘中!


新年は、浜離宮の放鷹術披露での幕開けです。初お披露目の鷹を拳に据えて登場した鷹匠たちもいて、緊張とすがすがしさのある新年でした。また、映画のポスター、チラシもできて新たなスタートとなり、広報、PRもますます活発に行ってまいりたいと思います。


また、多くの皆さまから激励のメッセージが送られ、皆さまの期待に添えるようしっかりしなくちゃと気を引き締めているところです。スタッフも皆さんの声に励まされ、奮闘中です。多くの皆さまからの意見や賛同のメッセージとても励みになりますし、嬉しいです。


音楽づくりもスタートです!


音楽を担当頂くのは、作曲家でパーカッショニストの武藤智史さんです。この日は、テーマ音楽の打ち合わせ。バリエーションの異なる音楽を聞かせて頂きました。山々の自然と鷹匠と鷹がいるような空間、とても良い音楽でした。実際に、鷹匠と鷹に会ってもらい、そのイメージで作って頂きました。
また、スチールドラムのような音が出る楽器で、イメージづくりなど。川井助監督が、叩いてみました。余韻がきれいな楽器でした。


音楽も楽しみにしてくださいね。

それから、特別試写会については、前回の情報に掲載していますが・・・・
4月10日(木) 日比谷コンベンションホール(日比谷図書館)で行います。
上映は13時、16時、19時の3回です。入場料は予約1300円、当日1700円です。
お申込みはFAX03-5574-7183。 E-mail nukumedori@bosch-inc.co.jp
是非、お待ちしております。



2014年1月7日火曜日

1万人が感激!浜離宮庭園で放鷹術披露

1月2日、3日は、浜離宮庭園で諏訪流放鷹術保存会による放鷹術の実演がありました。2日間でおよそ1万人。開園と同時にお客様が場所取りをするほどの人気ぶりでした。鷹のファン、鷹匠のファン、また年始の縁起として毎年来るひともありました。
 



映画の撮影隊は、全部で6名。カメラは4台。鷹の動きや、鷹匠の表情や動きをとらえたい。そして記録してゆくことが後世に伝えられる手段であり、二度と同じ映像は撮影できないので撮影スタッフも実演中は必至で、鷹匠さんたちの動きを追いかけます。
そして、実演会のだいご味は、鷹と身近に接することができること。特に子供たちのキラキラした目が印象的でした。
鷹匠の皆さんも、質問にはひとうひとつ丁寧に応えていました。




こうやって、鷹狩の文化を伝えていくことが、とても大切であり、私たち映画でこの会場に来られない多くの方々に、この様子を知らせてあげたい。とういう気持ちで撮影を続けました。



実演の出番を待つ間は、鷹をこぶしに据えて、静かな時を過ごします。
鷹の運動を促すことと、フンをさせることにより、体調を整える意味があります。


森に迷い込んだ鷹を追う場面もありました。多くのお客様が心配してくれました。
こういう時にも、鷹匠とお客様との交流が生まれ、より鷹狩文化に興味を抱いてくれているようでした。




嬉しかったのは、会の主催者様が、大変協力してくださり、映画のチラシを受付で配ってくれたことです。こういったことが、本当にありがたく、映画づくりの支えになります。
鷹狩の場であったこの庭園の歴史を感じつつ、この地で放鷹術の実演を行う意味を伝えなくては、と強く思いました。


2日の午前の部が終えて、一息つく撮影隊。平林プロデューサーの奥さまがおにぎりと煮物を差し入れてくれました。本当に疲れがとれる思いでした。
3日はお昼抜き。というのも、鷹の捜索があり、撮影隊は師匠たちに、夕方17時まで密着していましたので食事もとれず仕舞。ああ、ドキュメンタリー泣かせ・・・。撮影スタッフの皆さん、ごめんなさい!


あれも、これも一部終始を記録しようという思いの表れです。そんな映像を是非、スクリーンで皆さんにお見せしたいと思います。

口伝えでも結構です。是非、鷹狩文化、そして映画「ぬくめどり」への支援を宜しくお願いします。

2013年12月29日日曜日

正月、浜離宮恩師庭園に向けて特訓!

12月26日
正月の放鷹術披露のリハーサル
2014年1月2日、3日の開催される放鷹術実演会。門下生の菊池さんは今年手に入れたオオタカを連れて浜離宮恩賜庭園で周囲の環境に慣らします。
 
 
 近くの高層ビルから鷹を放ち、下降させる技のリハーサル。田籠鷹師が庭園で鳩を振ります。その鳩をめがけ降下するのですが、この日、翔雲はご機嫌ナナメだったのか・・・・庭園に下りず、ビルの谷間に逃げ込んでしまいました。


鳩で鷹を呼び寄せる田籠鷹師

放ったビルの左側のビルに向け、逃げた鷹を再び呼び寄せる

庭園の環境に慣らす訓練。木に鷹を放ち、鷹匠のこぶしに呼び寄せる
渡りは2回うまくいきました

2013年12月24日火曜日

「鷹祭」

ウオームアップ「ぬくめどり」!

12月20日(金)18:30~23:00
会場:マロウドイン赤坂

最初に登場したのは、北京から前日帰国された、中国人書家の熊峰(yuho)先生による書。
気迫で書いた書には、鷹の横顔が・・・。
熊峰先生は、上海万博の日本館を担当され、世界の書家100人にも選ばれています。


ものすごい気迫に、会場がし~ん。


右はボスのボス、映画のプロデューサー平林猛
鷹の登場

駆けつけてくださった諏訪流17代宗家田籠善次郎鷹師と
大塚紀子鷹匠。そして、サプライズゲストは、時天空関。





映画プレプレ試写会

まだまだこれからも撮影は続きます。
ご覧になった皆さま。完成を楽しみにしてください。



めくるめくアーティストの皆さんの競演

「鷹祭」の場を楽しく盛り上げてくださったのはたくさんのアーティストの皆さん。
北京の歌姫、サージュの歌。実は、会場に漫画家の姫川明月さんが来られていて、
「スプリガン」のファンとのこと。サージュは「スプリガン」のテーマソングをうたっていたので、感激の出会いとなりました。


そして、草原の貴公子、内モンゴルのヨンさまといえば、馬頭琴奏者のセーンジャー。パーカッションの武藤智史さんとジョイント。迫力ある演奏でした。
武藤さんは、映画「ぬくめどり」の音楽を担当してくださっています。


暗黒舞踏の第一人者、石井光隆さんによる舞踏。土方の弟子であり、その舞踏は、人も空間も解放していきます。そして、TAZUKOさんのベリーダンス。本当に美しくてセクシー。そして夜も深まると、バリトンサックスが・・・。土田さとしさんの深い音色が会場を包みます。贅沢な空間が広がりました。
石井さんの歌も素晴らしかった


Tazukoさんのベリーダンス。鷹狩はアラブが盛んです。


バリトンサックスの土田さとしさん。いつもかっこいい!!


そして、飛び入りは、今年10月に新宿ゴールデン街で開催されたGAW展の主催者、久絽さんがきてくれました。GAW展は8回目、平林、杉浦、友人の石橋満さん、甲斐哲哉さんも参加しました。
お店あるのにありがとうございました!!












2013年12月14日土曜日

新年は浜離宮恩賜庭園の放鷹術でスタート

 
鷹匠の1年のハイライトはなんといっても、1月2日、3日に開催される浜離宮恩賜庭園の「放鷹術披露」。将軍家の御鷹場であった地であり、諏訪流16代花見鷹師も、この浜離宮に住み、日夜鷹匠の訓練をしました。
当日は、田籠師匠、大塚鷹匠はじめ、諏訪流の門下生たちが、日ごろの訓練の成果を披露する大切な実演です。

 
新春の空に鷹が舞う!放鷹術の実演
  日  時  平成26年1月2日(木)・3日(金)*雨天中止 11時・14時(各回約1時間)
  場  所  内堀広場
  参加費  無料(入園料別途)


浜離宮恩賜庭園とは

潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園。潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。
旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。浜離宮は、この潮入りの池や池や鴨場を中心にした南庭と、明治時代以降に造られた北庭とに大別されます。

 
この地は、寛永年間(1624~1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。
以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。(東京都公園協会HPより転載)




庚申堂鴨場
鴨猟の方法は江戸時代は鷹狩りで、明治以降は叉手網(さであみ)となります。
鴨場が利用されたのは冬鳥が飛来する晩秋から翌年の春先まですが、以下のように鴨等を獲りました。
 1 元溜りにはおとりのアヒルが200羽あまり放されていました。秋から冬にかけて野の鴨が元溜りにおりてきます。

  2 板をたたく音が響き渡ると、餌が引堀に蒔かれます。餌が食べられるので、アヒルが引堀に入ってきます。アヒルの後を野の鴨も後をついてきます。野の鴨はアヒルの後をついていくという習性があるのです。必要な数が入ったら、引起し網で引堀の入口を閉めます。

  3 小覗で鴨の様子を確認し鷹匠やお客様に手信号で知らせます。

  4 鷹匠とお客様は引堀をはさむようにして配置につきます。

  5 小土手に片足をかけ、びっくりして逃げようとする鴨を叉手網(さであみ)で捕獲します。

  6 叉手網をかいくぐって逃げる鴨は鷹匠が放った鷹が捕らえます。逃がすと、この元溜りが危険なところであることを仲間に知らせてしまうので、鷹の役割はきわめて重要でした。

  *アヒルは板をたたく音で引堀に入ってくるよう訓練されています。
 *大覗には元溜り周囲で水鳥を狙っている野生の鷹を捕獲するための仕掛けがありました。
 *鴨場が使われた離宮時代は園内に鷹部屋や鷹師宿舎、鷹匠小屋、調理所などがありました。
                                                   (浜離宮恩賜庭園HPより転載)

小覗

 ここには板と木槌があり、カンカンを音をたてるとアヒルや鴨が引き掘にやってきます。


 引き掘
ここに集まってきた鴨をお客様が叉手網(さであみ)で捕獲します。
捕獲しそこなった鴨を鷹匠が鷹を使い捕まえるわけですが、
鴨が逃げてしまった場合には、この池は危険だと仲間に知らせて
しまうために、鷹匠の役目は重大だったようです。